「どう?」
「……分からない」
「まだ?」
「うん」
暫くの間、風の音だけがあった。
「……でも」
「でも?」
「なんか、気持ちいい」
「でしょ?」
リディアが、小さく笑った。
僕は目を閉じる。柔らかい。日向の匂いがする。
さっきまで鉛みたいだった身体から少しずつ、少しずつ、力が解けていった。
葉の間から光が落ちてくる。瞼の裏が明るくなったり、暗くなったり。木漏れ日が風に合わせて揺れているのだと、目を閉じていても分かった。
「……本当に疲れがなくなるかも」
「よかった」
リディアの手が僕の髪に触れた。
ゆっくりと、撫でられる。
「……何してるの?」
「母さんがやってたから」
「そうなんだ」
よく分からない。
けれど嫌じゃなかった。むしろ、すごく落ち着く。
胸の真ん中に温かい水がゆっくり満ちていくみたいだった。遠くで村の方から、犬の吠える声が聞こえた。草の匂い。虫の声。髪を撫でる、小さな手。
「ねえ、リディア」
「なに?」
「魔法って、楽しいね」
「うん」
「もっと色々できるようになりたい」
「じゃあ、練習しないとね」
「うん」
僕は、目を閉じたまま答えた。
「強くなりたいんだ」
「……うん」
「もっと魔法が上手くなって、もっと強くなって……」
少しだけ間を置いた。
「リディアを守れるくらい」
髪に触れていた手が、ふっと止まった。
風の音だけが、頭の上を通り過ぎていく。
「……私を?」
いつもより、ほんの少しだけ声が小さかった気がした。
「うん」
「どうして?」
「だって、いつもリディアのほうが強いから」
「それは……」
リディアが少し笑う。
「イルヴァが弱いだけじゃない?」
「ひどい」
「ふふ」
僕も笑った。
でも本当のことだった。今の僕は弱い。今日、魔法で一回勝ったくらいで、それは変わらない。剣を持てば僕はきっとまた、リディアに負ける。
それでも。
「でも、いつか追いつくから」
「じゃあ、待ってる」
「絶対だからね」
「うん」
リディアの声はいつも通りに戻っていた。
静かで。迷いがなくて。止まっていた手が、またゆっくりと僕の髪を撫で始める。
「私も強くなる」
「剣で?」
「うん」
「じゃあ僕は魔法」
「競争だね」
「負けないよ」
「私も負けない」
目を開けると、逆さまになったリディアの顔が見えた。僕たちは顔を見合わせて、声を出さずに笑った。
大樹の葉が風に揺れている。木漏れ日が僕たちの上で、きらきらと揺れている。
昨日までの僕には、魔法なんてなかった。
今日の僕には魔法がある。リディアにもいつか魔法が使えるようになるかもしれない。
僕たちは、それぞれ違う道で強くなっていく。
剣と魔法。どっちが強いかなんてまだ分からない。
でもいつかもっと強くなって。そうして二人で、ずっと一緒にいられたら。それでいい。
髪を撫でる手の温度と、葉ずれの音がだんだん遠くなっていく。空の続きを思い描きながら、僕はいつの間にか眠っていた。
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