「……ほんとに、迎えに来ないの?」
リディアが僕を見た。
僕は答えられなかった。
「もう、迎えに来てくれないの?」
昼間の強がりは、もうどこにもなかった。
そこにいるのは、ただ両親の迎えを待っている子どもだった。
僕はゆっくり首を横に振った。それしかできなかった。
「……いや」
リディアの顔が歪んだ。
「いやだ……」
握った手に力が籠る。
「迎えに来てほしい……」
声が震えた。
「お父さんに会いたい……」
「……うん」
「お母さんにも会いたい……」
「うん」
「もう一回、声を聞きたい……」
涙が一つリディアの頬を伝った。
「もう一回だけでいいから……」
僕の手の甲に涙が落ちた。
昼間リディアの血が落ちたのと、同じ場所だった。
あの時は、熱かった。今度の雫は温かくて……そしてひどく重かった。
「……怖い」
リディアが呟く。
「一人になるの、怖い……」
僕は何も言えなかった。
今はただ、迎えに来てほしいだけなんだ。いつものように名前を呼んでほしい。抱き締めてほしい。そして今日あったことを全部話したい。
それがもうできない。
そのことを、リディアはようやく、理解し始めていた。
「……寂しい」
声が幼くなる。
「寂しいよ……」
涙が次々に溢れた。呼吸が乱れて言葉が途切れる。
「お父さんも、お母さんも、いない……」
「……」
「家に帰っても、二人とも、いない……」
リディアは首を振った。
「いやだ……そんなの、いやだ……」
声を押し殺そうとしても嗚咽が漏れる。同じ言葉を何度も、何度も繰り返す。
「会いたいよ……会いたいよ……」
僕は何も言えなかった。
大丈夫、とも言えない。帰ってくる、とも言えない。何ひとつしてあげられない。
だからリディアを抱き締めた。腕を回すと、小さな身体がびくりと震えた。
それから、ふっと、力が抜けた。
リディアが僕の胸に顔を埋める。
「……っ、うぅ……」
小さな身体が、ぶるぶると震える。僕の服が涙で濡れていく。
どうすればいいのか、分からなかった。それでも離れてはいけない気がした。
「……ここにいるよ」
やっと、それだけ言えた。
両親の代わりにはなれない。悲しみを消すこともできない。それでも今だけは、リディアを一人にしたくなかった。
「僕は、ここにいるから」
リディアは、返事をしなかった。ただ僕の服をぎゅっと掴んだ。
僕も背中に腕を回した。震えが掌に伝わってくる。冷たい夜の中で、リディアの体温だけが小さく温かかった。
何もできない。何を言えばいいのかも、分からない。それでもリディアが泣き止むまで、ここにいることだけはできる。
泣き声が夜の大樹の下に響いた。僕はその声を聞きながら、ずっと抱き締めていた。
やがて泣き声が弱くなっても、腕は緩めなかった。
大樹の葉が風に揺れている。その音が泣き声の代わりに、夜へ溶けていった。見上げると、枝の隙間に沢山の星が見えた。
半年前、ここでお姉さんと出会った。それからここで何度もリディアと笑った。今朝だって、笑っていた。この場所も、村も、僕たちの毎日も、ずっと変わらないのだと思っていた。
大樹は変わらずそこにある。星も同じ場所で光っている。風も同じように吹いている。
それなのに僕たちの世界だけが、変わってしまった。
冷たい夜の中で、僕たちは互いの体温に縋ることしかできなかった。
それでもリディアが、一人で泣かなくていいように。
僕は隣にいた。夜が明けるまで。
この作品が気に入ったら

コメント
まだコメントはありません。
会員登録(無料)かログインをすると、コメントを書けます。