風が止んだ。枝の音も消えた。耳の奥が詰まったみたいに、世界から音が引いていく。その代わり、腕の産毛がぞわりと逆立った。何かが集まってくる。目に見えるよりも先に、僕にはそれが分かった。
でも僕の知っている魔法とは、まるで違う。
お姉さんの手の前に、魔法陣が浮かび上がった。淡い光を帯びた線が、糸のように編まれて円を描いていく。
「……すごい」
声が勝手に零れた。
魔法陣の中心に、水が集まっていく。最初は拳ほど。それがみるみるうちに膨らんでいく。僕の頭ほどになって、それでも止まらない。
透きとおった水の中で、木漏れ日がゆらゆら揺れていた。
「これが……魔法?」
「そう」
お姉さんが、軽く手を振る。
水の塊が空へ飛んだ。少し離れたところで、弾ける。
ざあっ、と大量の水が雨になって降り注いだ。
細かな雫が風に乗って頬に当たる。冷たい。草の匂いが一気に濃くなる。僕は口を開けたまま空を見上げていた。
自分の炎とは、あまりにも違う。同じ「魔法」のはずなのに。
「まぁ、こんなものはほんのお遊びだよ」
「もう一回見たい」
「ふふ」
お姉さんが、喉の奥で笑った。
「魔法、好きなんだね」
「うん」
「じゃあ、使ってみる?」
「えっ?」
お姉さんが僕を見る。
「繋げてあげる」
「……どういうこと?」
「まぁ見てて」
お姉さんは取っていた距離を一気に詰め近づいた。
僕は思わず、身構る。
「怖い?」
「……ちょっと」
「そうだよね」
お姉さんは笑った。責めるでもなく、むしろその答えを待っていたみたいに。
「でも、大丈夫」
そう言って僕の胸元へ手を伸ばした。指先が服越しに触れる。
その瞬間。身体の奥で、何かが震えた。
「……え?」
胸の奥から、今まで感じたことのないほど大きな力が流れ込んでくる。
ずっと閉じていた扉が、内側から押し開けられていくみたいだった。
お姉さんの手の前に、さっきとは違う魔法陣が浮かぶ。複雑で良く分からない。
そして淡い光が、胸の前で光り始める。温かい。痛くない。むしろ身体の奥で眠っていた何かを、そっと揺り起こされたようだった。
魔法陣は暫く光っていたけれど、やがて静かに消えた。
「……終わり?」
「うん」
「何をしたの?」
お姉さんは、いたずらでも仕掛けるような笑みを浮かべて僕の手を取った。
「さぁ」
「えっ?」
「私がやった水の魔法やってごらん」
言われた通り手を前へ出す。
魔力を集める。
いつもならすぐに底が見える。両手で掬った水みたいに、指の間から零れていく。なのに今日は違った。身体の奥から次々と力が湧いてくる。まるで枯れる事のない湧水のように。
それは不思議な感覚だった。
「……えっ?」
魔法陣が浮かんだ。見たこともないくらい大きい。
その中心に、水が集まっていく。拳ほど。頭ほど。それでもまだ膨らんでいく。
「うわぁ……」
水の塊が空へ浮かんだ。意識を向けるとそれはさらに高く昇っていく。指先と水が、見えない糸で繋がっているみたいに思い通りに動いた。
「すごい……!」
気づけば笑っていた。
さっきまで指先ほどの炎しか出せなかったのに。今は目の前に大きな水の塊がある。
「どう?」
「すごい!」
僕は振り返った。
「これ僕がやったの?」
「そうだよ」
「僕にもできた!」
嬉しくてたまらなかった。今まで何度練習しても大した魔法は使えなかった。それがたった今、僕の手で。
「ありがとう!」
お姉さんは少しだけ目を丸くして、それから楽しそうに笑った。
「そんなに喜ぶんだ」
「だって、ずっとやりたかったから」
「そう」
お姉さんは僕を眺めている。
「君、本当に魔法が好きなんだね」
「好き」
即答だった。
「たっくさん練習して、もっとすごい魔法を使いたい」
「どうして?」
「強くなりたいから」
「強くなって、何をするの?」
昨日、リディアにも同じことを聞かれた。
僕は少し考えた。
「……リディアを守りたい」
「リディア?」
「幼馴染なんだ」
「へぇ」
お姉さんが興味深そうに眉を上げる。
「その子、強いの?」
「すごく強い」
「君より?」
「うん」
「じゃあ、守る必要なんてないんじゃない?」
「それでも」
僕は、自分の手を見つめた。
昨日の稽古でもコテンパンにされたこの手を。
「でも……いつかは僕のほうが強くなりたい」
お姉さんは暫く黙っていた。
それからふっと笑った。
「なるほどね」
「何?」
「いや。面白いなと思って」
「僕が?」
「うん」
お姉さんは笑みを浮かべたまま、僕を見つめていた。瞬きもせずに。
そしてゆっくりと口を開く。
「それなら、力をあげようか?」
この作品が気に入ったら

コメント
まだコメントはありません。
会員登録(無料)かログインをすると、コメントを書けます。