あのお姉さんと別れた、翌日。
僕は朝からずっと、昨日のことばかり考えていた。お姉さんがくれた力。胸の奥から溢れてきた、あの熱。空へ昇っていった、大きな水の塊。
ご飯を食べていても、顔を洗っていても、ふとした拍子に思い出してしまう。そのたびに口元が緩み、母さんに「何をにやにやしてるの」と言われた。「なんでもない」で押し通すのにずいぶん苦労した。
昨日までの僕には、指先ほどの炎が精一杯だったのに。
それなのに今は――。
「……できるかな」
村の外れにある大樹の下で、僕はひとり右手を伸ばした。
枝の隙間からこぼれた朝の光が、草の上にまだらな模様を描いている。昨日、お姉さんが水を出した場所。何度も思い返した光景なのに、いざ自分がやるとなると急に喉が乾いた。
もし昨日のあれが夢だったら。もしあの力がもう消えていたら。
「えっと……こうして……」
教えてもらった通りに、魔力を意識する。目を閉じて、身体の奥を探る。
……ある。
昨日までは、おへその少し上にある小さな熱を、指の間から溢れる水みたいに必死でかき集めていた。でも今は違う。静かで、澄んでいて、底が見えない。手を伸ばせば、いつでも届くところに。
それを、そっと手のひらへ導いていく。
すると、ぽつり。冷たい感触が手の平の真ん中に落ちた。
目を開ける。小さな水の玉が、ちょこんと浮かんでいた。透き通った表面に大樹の枝の影と、ちぎれ雲が小さく映っている。ひんやりして思っていたよりずっと重みがあった。
「……!」
できた。本当に、できた。
息をするのを忘れていた。胸の奥が、じん、と熱くなる。水の玉は僕の脈に合わせてほんの少しだけ震えていた。
お姉さんがくれた力のおかげかもしれない。でもこの水を呼んだのは、確かに僕の手だった。
昨日までなら、水なんてどれだけ頑張っても指先程度しか出なかったのに。
顔が勝手に緩む。頬がむずむずしてどうしようもない。
暫くして、水の玉はゆっくりと落ちて地面に染みて消えた。
「もう一回!」
今度はもっと大きく。そう思って魔力を込めると、さっきより大きな水の塊がぷるんと現れた。
「できた!」
嬉しくなって、何度も試した。出して、消して。また出して。
昨日までの自分からすれば、信じられないことだった。
もっとやりたい。もっと色々な魔法を使ってみたい。そう思っていた、その時――。
「イルヴァ」
「うわっ!」
突然、後ろから声をかけられて、僕は飛び上がった。
振り返ると木剣を持ったリディアが立っていた。稽古の帰りなのかもしれない。
「な、なんだ。リディアか……」
「何してるの?」
「見てて」
僕は得意げに手を前へ出した。
「水!」
手の平から水が溢れる。こぽこぽと湧いて、指の間を伝って、朝の光にきらきらと散った。
リディアの目が、大きく開く。
「……水魔法?」
「そう!」
「イルヴァが?」
「うん!」
リディアは暫く、僕の手元を見つめていた。
それからぱっと笑った。
「すごい!」
「でしょ?」
胸を張る。鼻の奥がつんと熱い。
「昨日は、指先くらいの火しか出せなかったのに」
「魔法を教えてくれた人がいたんだ」
「誰?」
「ここで会った……えーっと。名前、分かんないや」
そういえば自分の名前は教えたのに、お姉さんの名前は聞いていなかった。今さらになって気づく。
リディアは不思議そうに首を傾げたけれど、それ以上は聞かなかった。
「他のもできる?」
「他の?」
「うん。火とか」
「火……」
火なら、前から小さいのは出せた。でも、今なら――。
「やってみる」
手を前へ突き出す。水のときと同じように、魔力を集める。
すると、ぽっ。手のひらに、炎が灯った。
「……!」
「わあ……」
リディアの声が弾む。
「火だ!」
「できた……!」
拳よりもまだ小さい。けれど指先ほどしかなかった昨日までの火とは、比べものにならなかった。ぱちぱちと小さく爆ぜて、頬に熱が触れる。橙色の光がリディアの頬で揺れていた。
「すごいな……」
思わず、笑ってしまう。
その時だった。
「じゃあ、私もやってみようかな」
「え?」
リディアが、木剣をそっと地面に置いた。
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コメント 1件
Jetts2026.10.24
お姉さんが気になります。そして、代償が何なのか? 気になる点が多く続きが楽しみです。