「魔法」
「リディアが?」
「うん」
僕は少し驚いた。
リディアは、いつも剣の練習ばかりしている。おじさんから習っていて、僕なんかじゃ到底かなわないくらい上手い。魔法を使うところなんて、一度も見たことがなかった。
「やったことあるの?」
「ないよ。ずっと剣だったから」
「出来るの?」
「分かんないけど、楽しそうじゃん」
そう言ってリディアは僕の真似をするように、手を前へ出した。
リディアならあっさりできてしまうんじゃないか。しかも、僕よりずっと上手に。
そんな考えがふっと胸をかすめた。ほんの少し胃のあたりがきゅっとなる。
「こう?」
「たぶん」
「じゃあ……」
リディアが目を閉じた。僕も隣で息をひそめて見守る。
虫の声が草むらの奥で細く鳴っている。遠くで鳥が一羽、鋭く鳴いて飛び立った。リディアの眉の間に、小さな皺が寄る。手の平をじっと見つめるみたいに。
長い数秒。
「……あ」
するとリディアの手の平に、小さな炎が灯った。
「できた!」
思わず声が出た。喜んだのは本当だ。でも心臓がどきどきと鳴っているのは、喜んだからだけじゃなかった。
けれどその炎はすぐにふっと消えてしまった。
「……消えちゃった」
「もう一回!」
「うん」
今度は水。手の平に小さな水滴が滲んで、ほんの一瞬だけ丸くなった。
けれど、それもすぐにぱしゃりと崩れた。
「……難しいね」
リディアが苦笑する。
「でも、できたじゃん」
「ほんのちょっとだけ」
リディアには悪いけど、僕は少しだけほっとしていた。
でもほっとしてしまった自分が、ちょっとだけ恥ずかしかった。
「僕だって最初はそうだったよ」
「確かに」
僕は得意になって水を出して見せた。
するとリディアがこちらを見た。
「じゃあ、今日はイルヴァの勝ちだね」
「……え?」
「魔法では、私より上手」
その言葉が耳に届いた瞬間。時間がほんの少しだけ止まった気がした。風の音も、虫の声も、遠くなる。
僕の勝ち。僕が、リディアに勝った。
剣では一度も勝てたことがない。駆けっこも、勉強も、木の実を食べる早さだって。前に大喧嘩をした時なんか、僕は見事にボコボコにされた。何をしても、追いつけない背中だった。走っても走っても、リディアはいつもずっと先にいた。
そのリディアが今、僕を見て言った。
「魔法では、私より上手」って。
胸の奥からじわじわと熱いものが込み上げてくる。喉の奥がきゅうっと狭くなって、目の奥までじんとした。
「……やった」
「ふふ」
「初めて勝った!」
気づけば僕は両手を天まで突き上げて、声を上げていた。
そんな僕を見ながらリディアは、なぜかとても嬉しそうだった。負けたはずなのにどうしてだろう。
「魔法だけね」
「それでも勝ちは勝ちだよ!」
嬉しくて、嬉しくて、僕は何度も火を出した。
「見て! 今度は大きく!」
「すごい!」
「水も!」
「わあ!」
「じゃあ、火と水を一緒にしたらどうなるんだろう」
「それは危ないんじゃない?」
「ちょっとだけ!」
「イルヴァ、待って」
「大丈夫、大丈夫!」
右手に火。左手に水。二つをぐっと近づける――。
じゅっ! 白い湯気がぼふんと顔に吹きつけた。
「わっ!」
「きゃっ!」
二人同時にのけ反って、顔を見合わせる。前髪がしっとり濡れていた。
どちらからともなく吹き出した。
「言ったのに!」
「でも面白かった!」
「もう……」
そうして僕たちは、暫く魔法で遊んだ。
火を出したり。水を出したり。小さな風を起こしてみたり。地面に落ちた葉っぱをふわりと浮かせてみたり。
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